子役の大スター、22歳で引退→後に“米大使”に
1930年代の子役スター、シャーリー・テンプルは1950年に22歳で映画を引退。約20年後に外交の道へ進み、女性初の米国儀典長や、ガーナ・チェコスロバキアの米大使を務めた。
ひかり:こないだ知ってびっくりしたんだけど——昔ハリウッドで国民的に人気だった子役の女の子が、大人になって“ある職業”に転職したの。なんだと思う? ぜったい当てられないよ!
みずき:…子役上がりでしょ。歌手か、実業家か、まあそのへんじゃないの。
ことね:それがね、答えは“外交官”。アメリカの大使にまでなった人なの。名前はシャーリー・テンプル。1930年代に、それはもう国じゅうが夢中になった、伝説級の子役スターよ。
ひかり:子役から、大使!? 間のつながりが完全に行方不明なんだけど!?
ことね:本人は1950年、22歳のときにきっぱり映画を引退したの。大人になっても子ども役のイメージから抜けられなくて、作品にも満足できなくなって。……そこで、いちど役者をやめた。
ことね:で、それから20年近くたって、今度は政治と外交の世界へ。1969年に国連の代表団に入ったのをきっかけに、女性で初めてアメリカの“儀典長”っていう外交の要職に就いたり、ガーナやチェコスロバキアの大使を務めたりしたの。
みずき:…22歳で、自分の看板を自分から下ろして。そこから20年かけて、まったく別の頂上に登り直した、と。…想像してた“転職”の、百倍はハードじゃない。
ことね:しかもね、チェコスロバキア大使だったのは1989年。ちょうど共産政権が倒れた“ビロード革命”のプラハに、彼女は現地で立ち会ってるの。もう、かわいい子役の面影なんてどこにもないでしょう。
ひなた:ふぁ〜……“子役のシャーリーちゃん”のアルバムと、“大使のシャーリーさん”のアルバム、きっと全然ちがう1冊ずつなのです……。でも、どっちも本人が、いちばん見たかった景色なのです……ね。
まとめ:22歳で人気の絶頂を自分から手放し、別の人生でもう一度てっぺんまで。第二の人生は、余生じゃなくて“続き”だった。