日本の観光地、始まりは米兵の“休暇先”だった
戦後の日本が米軍兵士の保養地として使われた歴史をたどる研究書の書評。占領下の観光立国構想から朝鮮戦争期のR&R(休養・回復)制度、いまも基地に残る広いゴルフ場までを、日米の資料で追う。
ことね:日本の観光地って、どうやって"観光地"になったと思う? ……戦後しばらくのあいだ、いちばんのお客さんはアメリカ兵だったの。
みずき:…お客さん? 占領してる側が、お金を落とす側でもあったってこと?
ことね:そう。『兵士とリゾート』——椙山女学園大の阿部純一郎さんが書いた本ね。副題が「米軍保養地と日本観光の戦後史」。軍隊って戦うだけじゃなくて、"兵隊を休ませる"のも大事な仕事なの。その休ませる先として、日本が使われた。
ひなた:ふぁ〜…戦争のあいだに、温泉で静養するのです……? なんだか、頭がこんがらがるのです。
ことね:そのこんがらがりが、この本の芯なのよ。朝鮮戦争のときには"R&R"——休養と回復のためのプログラムがあってね。前線の兵士に休暇を出して、日本のホテルで休ませたの。日本は戦場じゃない。でも戦争を支える"銃後"に組み込まれていた、という見方ね。
みずき:…"おもてなしの国"の原点、ってよく言われるやつ。最初のお客が誰だったかは、あんまり語られないけど。
ことね:ベトナム戦争のころには、日本で反戦運動を目にした兵士が脱走する、なんてことも起きたそうよ。そして1970年——万博の年ね。ベトナムからの米軍撤退と重なって、日本は休暇先のリストから外れていく。
みずき:…で、いまは? もう終わった話?
ことね:それが、関東の基地の中にはいまも広いゴルフ場が残っていてね。しかも日米地位協定で、そういう福利厚生の施設は、運営にかかるお金を日本側が負担しているの。本の最後の章は、その返還をめぐる論争をたどっているのよ。
ひなた:ふぁ〜…わたしたち、はじまりを知らないまま"観光地"って呼んでたのですね。……名前だけ残って、いちばん最初のところだけ、どこかに落っことしてきちゃったみたいなのです。
まとめ:いま「おもてなし」と呼ばれているものの、いちばん最初のお客さんは、休暇中の兵士だった。