ミイラのおなかの上に、ホメロスの詩が1枚
エジプトのオクシリンコスで、ローマ時代のミイラの腹部に置かれたパピルスが見つかった。書かれていたのは『イリアス』第2歌の「船のカタログ」。ギリシャ文学が埋葬に組み込まれた例は初めてだという。
みずき:…ひかり。さっきから何を巻いてるの、それ。
ひかり:ミイラっ! いま気分がミイラなのっ! だってねっ、1600年前のミイラのおなかの上からっ、詩が1枚出てきたんだってーっ!
ことね:ええ、本当の話なのよ。場所はエジプトのオクシリンコス、いまのエル・バフナサね。バルセロナ大学と古代オリエント研究所の調査団が、去年の11月から12月にかけて掘った第22区の65号墓から出たの。ローマ時代のミイラで、だいたい1600年前。そのおなかの上に、パピルスが1枚のせてあったのよ。
ひかり:えっ何それっ、ロマンありすぎるー! ……で、なんて書いてあったのっ? 愛の詩っ? 家族へのお手紙っ?
ことね:『イリアス』の第2歌よ。ホメロスの、トロイア戦争の叙事詩ね。……ただ、選ばれている場面が「船のカタログ」なの。ギリシャ側のどの土地から、誰が、何隻の船を出したかを延々と並べていく場面。合わせると千隻を超えるのよ。どこそこが何十隻、だれそれが何十隻、と——
みずき:…名簿じゃん。あの世に1枚だけ持っていくのが、名簿。
ひかり:ええーっ、なんでそこっ!? 名場面もっといっぱいあるでしょーっ!
ことね:そこが研究者も驚いているところでね。オクシリンコスは、もともと"古代のゴミ捨て場"で有名な遺跡なの。100年以上前から捨てられたパピルスが山のように出ていて、いらなくなった書き物は包帯や厚紙に再利用されるのがふつうだったのよ。でも今回は、埋葬のときにわざわざおなかの上に置かれている。ギリシャの文学作品が、ミイラ作りにきちんと組み込まれた例は初めてなんですって。調査に加わった古典文献学の先生も、本当に新しいのは"お墓からギリシャ文学のパピルスが出たこと"だと言っているの。
みずき:…同じ墓からは、舌も4枚出てる。3枚が金で、1枚が銅。死んだ人の口の中に入れてあった。あの世で神さまと話せるように、とされてるらしい。……口には金の舌、おなかには名簿。準備がいいんだか悪いんだか。
ひなた:ふぁ〜……でも、わかる気がするのです。長くて眠くなる読み物こそ、いちばん長い旅にちょうどいいのですよ。……1600年たっても、まだ船を数えている途中なのです。
まとめ:あの世へ持っていく1枚に選ばれたのは、名場面ではなく千隻を超える船の名簿。それがおなかの上に、そっと置かれていた。