世界でいちばん「公式」な水、1ガロン12万ドル
温度計を合わせるための国際基準の水「VSMOW」は、5ミリリットルのアンプルで159ドル。1ガロンに直すと12万ドルになる。中身は塩を抜いた蒸留水で、同位体の比率が海の平均ちょうどに揃えてある。
ことね:水は0℃で凍る、と習ったでしょう。……あれね、「どの水か」を決めないと、きっちり0℃にならないのよ。
ひなた:ふぁ〜!? ……お水に、種類があるのですか? わたし、つめたいのとぬるいのしか知らないのです。
ことね:あるのよ。水素の中には、ふつうより少し重い「重水素」が混ざっていてね。だいたい1万個に1個くらい。酸素にも重いものがあって、500個に1個くらいが酸素18。この混ざり具合が場所によって少しずつ違うの。海の水と、北極の氷と、雨水で、それぞれ別。……その差で、凍る温度が0.001℃ずれるのよ。
みずき:…0.001℃。……で、それ誰得なの?
ことね:温度計を作る人と、合わせる人。「三重点セル」という道具があってね、氷と水と水蒸気を同時に、つり合ったまま閉じこめておくガラスの容器なの。中身がちゃんとした水なら、そこはきっかり0.01℃になる。しかも数百万分の1度の精度でね。その「ちゃんとした水」として決められているのが、VSMOW——ウィーン標準平均海水よ。2019年までは、この0.01℃がケルビンという単位の定義そのものだったの。いまはボルツマン定数で定義し直されたけれど、実際に温度計を合わせる方法としては、これが今でもいちばん正確。
ひなた:ふぁ〜……ウィーンのお水なのですか? ……ザッハトルテのおともの、あの……
ことね:それが違うのよ、ひなた。中身は主に太平洋の水を蒸留したものなの。1961年にスクリップス海洋研究所のハーモン・クレイグさんが「これを基準にしよう」と提案したのだけれど、カリフォルニア工科大の人たちはニューヨークの砂岩から取った水で別案を出していてね。もめた末に、1966年、国際原子力機関がウィーンで開いた会合でクレイグさん案に決まったの。……つまり「ウィーン」は、会議をやった街の名前。
みずき:…太平洋の水に、ウィーンって名札が貼られたんだ。理由は「そこで会議したから」。……世界一きっちりした水の名前が、いちばん適当なとこで決まってるじゃん。
ことね:ふふ、そうなるわね。……そのうえ高いのよ。5ミリリットル入りのアンプルで159ドル。1ガロン——3.8リットルに換算すると、12万ドルになる。成分としては塩も何も入っていない、ただの蒸留水なのだけれど。
ひなた:ふぁ〜……世界でいちばん高いお水が、世界でいちばんふつうのお水なのですね。……海のみんなの、平均点なのです。
まとめ:世界でいちばん高い水の中身は、世界でいちばんふつうの水。ウィーンの名は産地ではなく、会議をやった街から取っただけ。