無人の家が朝食を作り続ける小説、舞台は今日

レイ・ブラッドベリが1950年に発表した短編「優しく雨ぞ降りしきる」は、住人を失った全自動の家の一日を描く。作中の日付は8月4日で、最後に壁が繰り返す一行は「今日は2026年8月5日」。

みずき:…本の、いちばん最後の一行を読むね。「今日は2026年8月5日、今日は2026年8月5日、今日は……」。……はい、今日。

ひかり:えっ何それっ、今日っ!? きょうの日付が、本のいちばん最後に書いてあるのっ!? ……ねえ、それいつ書かれた本なのー!?

ことね:1950年よ。76年前ね。レイ・ブラッドベリの短編で、原題が「There Will Come Soft Rains」。日本語だと「優しく雨ぞ降りしきる」。その年の5月に雑誌に載って、同じ月に出た短編集『火星年代記』に「2026年8月」の話として組み込まれたの。……ちなみに『火星年代記』なのに、この一篇だけ舞台は地球よ。カリフォルニア州アレンデール。街は瓦礫と灰になっていて、夜になると廃墟が放射能で光るの。

ひかり:えっ、じゃあ誰もいないの……? ねえ、それで何が書いてあるのー? 人が出てこなかったら、お話にならなくないっ?

ことね:1軒だけ残っているの。全自動の家がね。朝7時、居間の声が「起きる時間、起きる時間」と歌うのよ。7時9分、台所のコンロがトースト8枚、目玉焼き8個、ベーコン16枚、コーヒー2杯、それに冷たい牛乳を2杯出すの。8時1分、「学校へ、会社へ、走って、走って」。……でも、ドアは鳴らないの。車庫は扉を開けて、しばらく待って、また閉じるだけ。8時半、冷めた朝食はぜんぶ流しに落とされて、9時15分になると掃除用の小さなロボットのネズミが壁から飛び出してくるのよ。誰も汚していない部屋を、きれいにするために。

みずき:…で、その朝ごはん、誰のために作ってるの。……いや、いい。聞くだけ野暮だ。

ことね:家の西の面だけ、真っ黒に焦げているの。白いペンキが残っているのは5か所だけ。芝を刈っていた男の人。かがんで花を摘んでいた女の人。両手を上に放り上げた男の子。その上に、投げられたボール。そして向かい側に、そのボールを受け止めようと手を上げた女の子。……本文はそこに、こう書き足すの。「落ちてこなかったボール」。

ひかり:……えっ。……待って。……その5つって、そこに立ってたときのまんまってことっ? 影だけ、残っちゃったってことっ?

ことね:そう。……原爆から5年後に書かれた話よ。物語はそのまま夜まで進むの。9時5分、書斎の天井が「マクレラン奥様、今夜はどの詩になさいます?」と聞くのね。返事はないわ。少し待って、「ご希望がないようですので、無作為に一篇選びます」。読み上げるのは、サラ・ティーズデールが1918年に書いた詩。戦争のことなど鳥も木も知りはしない、人類がすっかり滅んだって誰も気にしない、春でさえ、夜明けに目を覚ましたとき、私たちがいなくなったことに気づきもしないだろう——。……その1時間後、風で折れた枝が台所の窓を割って、火が出るの。家は必死に消そうとして、水を使いきって、負ける。崩れ落ちる直前まで、台所のコンロは朝食を作り続けているのよ。卵10ダース、トースト6斤、ベーコン20ダース。

ひなた:ふぁ〜……あの、その家、こわれてないのです。時計もコンロもおそうじも、ぜんぶ、ちゃんと動いているのです。……ただ、食べる人のところだけ、ぽっかり空いているのです。

まとめ:小説が舞台にした日が、昨日と今日だった。ただし日本語の新版は年代が31年ずれていて、この話の「今日」は2057年に引っ越している。

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