「洪水が削った」と言って40年笑われた学者
米北西部の削れた荒れ地は氷河期の大洪水の跡だ——100年前にそう唱えた地質学者が、学会に潰された。認められたのは半世紀後、96歳。本人いわく「敵は全員死んだ」。
みずき:…40年間、学会中から笑われ続けた学者の話。正しかったと認められたのは、本人が96歳のとき。
ひかり:ちょっと待って待ってっ! 96っ!? ……間違い扱いされてた時間のほうが、あたしの人生より長いじゃんっ!
ことね:J・ハーレン・ブレッツさんね。1882年生まれで、もとは高校の先生よ。アメリカ北西部——いまのワシントン州の東側に、木も土もなくて岩がむき出しの、ぼこぼこに削れた荒れ地が広がっているの。彼は1922年から7年かけてそこを歩き回って、こう書いたのよ。「これは、とんでもない量の水が一度に流れて削った跡だ」。
みずき:…で、なんでそれが40年も笑われるの。削れてるんでしょ。見りゃ分かるじゃん。
ことね:当時の地質学の大前提が「地形はゆっくり変わる」だったからよ。何万年もかけて、川が少しずつ削っていく。一晩でごっそり、なんてものは学問じゃない、という空気ね。……しかも大洪水と言うと、聖書のノアの話を持ち出していると受け取られてしまうの。1927年、ワシントンの学会に呼ばれて発表した席は、反対する側の6人が順番に反論を並べる形だったわ。本人はのちに、あれは「待ち伏せ」だったと書いているの。
ひかり:6対1っ!? それ発表じゃなくて公開処刑じゃんっ! ……でもさっ、削れた跡が本当にそこにあるならっ、最後は勝てるんじゃないのー?
ことね:たった一点だけ、彼が答えられなかったの。「では、その水はどこから来たのか」。……それが出てきたのが1940年ね。ジョセフ・パーディーさんという別の地質学者が、氷河でせき止められてできた巨大な湖の跡を調べていて、その湖底に波の跡を見つけたのよ。高さが5メートルから9メートルある漣痕——さざ波の形ね。
ひなた:ふぁ〜……すなはまにできる、あのちいさなギザギザ、なのですか。それが、わたしのおうちくらい……? もう、なみではなくて、おかなのです。
ことね:そう、あれの怪物みたいなものよ。そんな波の跡が残るのは、深くて速い流れが上を通ったときだけなの。湖の広さはエリー湖とオンタリオ湖を合わせたくらい、水はおよそ2000立方キロ。それを高さ760メートルの氷のダムがせき止めていて、割れると数日で空になったわ。水の速さは時速50キロから80キロ。しかもそれが、40回以上くり返されているの。最後がだいたい1万5000年前ね。
みずき:…1965年に、世界中の研究者が現地を見て回る旅があってね。終わったあと、参加者がブレッツに電報を打ってる。「我々は今や全員カタストロフィストである」って。……天変地異でも地形は変わる、って認める側のこと。当時82歳。とどめが1970年代の水の流れの計算と、NASAが撮った衛星写真ね。上から見たら、削れ方がもう完全に水の形をしてた。学会の最高賞をもらったのが1979年。……で、そのとき息子にこう言ってる。「敵は全員死んでしまった。自慢してやる相手が、もう誰もいない」。
ひなた:ふぁ〜……その荒れ地は、ずっとそこにあって、ずっと「わたしは洪水なのです」って言っていたのですね。……だれも、聞いていなかっただけなのです。
まとめ:正しさが届いたのは40年後。届いたときには、言い負かしたかった相手が、もう1人も残っていなかった。