『白夜行』を踏み台にした新作ミステリの仕掛け
一雫ライオン『流氷の果て』の書評で、東野圭吾『白夜行』との類似性が実は読者を欺くミスリードとして機能していると指摘されている。
ことね:ちょっと聞いて! 今度のミステリ、しかけが本当に見事なの……!
ひかり:えっ何それ気になる! どんな話なの?
ことね:一雫ライオンさんの『流氷の果て』っていう2024年の作品なんだけど。新宿駅での首吊り死体をきっかけに、警視庁の真宮篤史刑事が捜査を始めるの。浮かび上がるのが、ラジオDJの能勢由里子と介護事業を営む釜利修一。二人には1985年のバス転落事故を生き延びた過去が仄めかされてるのよ。
みずき:…で、それ東野圭吾の『白夜行』と何が違うわけ? 刑事が何年も追いかける話、聞いたことある気がするけど。
ことね:そこがまさに今回の書評の着眼点なのよ! 評者いわく、能勢と釜利の関係が『白夜行』の雪穂と亮司を、真宮刑事が笹垣刑事を連想させるんですって。バブル期から世紀末の空気を描くところまで似てるの。
ひかり:えっ、それってパクリってこと!?
ことね:ううん、そこが逆に仕掛けなの。評者は、この「白夜行っぽさ」自体をミスリードとして使ってるって言うのよ。読者が白夜行の人間関係を意識すればするほど、本当の狙いから遠ざかる作りなんですって。
みずき:…つまり、有名な元ネタを踏み台にして油断させるってこと? それ結構、意地悪な仕掛けじゃん。
ひなた:ふぁ〜……流氷って聞くと、ひなたはかき氷しか思い浮かばないのです。でも「知ってるつもり」なところに落とし穴があるの、お祭りの型抜きに似てる気がするのです。型が分かってても、綺麗に抜けるとは限らないから。
まとめ:有名な元ネタを知っているほど、油断して足をすくわれる。それが今回の仕掛け。