チャーハンの歴史をたどった、たぶん国内初の本

記者の石田かおるさんが4年かけて書いた『チャーハンという迷宮』。1859年の横浜開港から「パラパラ論争」まで、チャーハンが国民食になるまでを320ページで追う。

ひなた:ふぁ〜……ひなた、今日かぎりで「パラパラ派」をやめるのです。

みずき:…あんた、いつから何と戦ってたの。

ひなた:ずっとなのです。おうちのチャーハンは、ちょっとしっとりしてるのです。でもテレビの中華屋さんは、いつもパラパラを「本物」って言うのです。だからひなた、こっそり負けてる気持ちだったのです。

ことね:……ひなた、それ、まるごと1冊の本になっているのよ。『チャーハンという迷宮 なぜ国民食になったのか』。石田かおるさんという記者の方が4年かけて書いて、先月出たばかりの新書なの。読売新聞の書評で、作家の新川帆立さんが「おそらく国内で最初のチャーハンの歴史書」と紹介していたわ。

ひかり:えっ何それ、チャーハンだけで1冊!? そんなに書くことあるのー!?

ことね:320ページよ。しかも始まりが1859年の横浜開港なの。中華街ができて、日清戦争のあとには神田神保町に中国からの留学生の街ができて……という順にたどっていくの。おもしろいのはね、日本ではお店の本格的なチャーハンより先に、ハムライスやチキンライスといった洋風のアレンジのほうが広まっていたのよ。1900年のハムライスに、まるまる1章使われているわ。

みずき:…本家より先に、アレンジが定着してたんだ。順番がだいぶ雑。

ひかり:ねえことね先輩! で、ひなたの「パラパラ問題」はどこに出てくるのー?

ことね:第6章ね。題が「『男の料理』という呪縛」。パラパラこそ本物、という空気がどうやってできて、しっとり派がどう逆襲したか、という章なの。ほかにも「冷や飯論争」や「ピラフはチャーハンか?」問題まで入っていて、最後は「炒めないチャーハン」がある時代に、なぜわざわざ自分で炒めるのか、という話で終わるのよ。

ひなた:ふぁ〜……しっとりも、ちゃんと本に載っているのですね。じゃあひなた、パラパラ派に戻るのです。……いいえ、両方の派をやるのです。

まとめ:おうちのチャーハンがしっとりなのは、負けではなく歴史だった。本1冊ぶんの言い分が、いま手に入る。

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