3万冊を手放し、600冊だけ連れて引っ越した
紀田順一郎『蔵書一代』が今年6月に中公文庫入り。80歳のとき、書斎と書庫を埋めていた約3万冊を手放し、新しい住まいへ連れていけたのは600冊だった。
ひかり:3万冊のうち、連れていけたのは600冊だけ。……ねえ、これ何の話だと思うっ?
ひなた:ふぁ〜……図書館のお引っ越しなのですか? それとも、夏休みの読書感想文の候補なのです?
ことね:ひとりの人の、家の本の話なのよ。紀田順一郎さんという評論家が書いた『蔵書一代』ね。元は2017年に松籟社から出た本で、今年6月に中公文庫に入って、あらためて書評が出ていたの。紀田さんは古書と、日本の近代の出版文化を研究していた方。12畳の書斎と10畳半の書庫が、まるごと本で埋まっていたそうよ。
ひかり:ことね先輩、12畳と10畳半って……うちの部室より広いよっ! それ全部本なのっ!?
ことね:約3万冊ね。ご高齢になって、階段のない住まいに移ることになったの。それで80歳のときに蔵書を整理して、新しい部屋へ連れていけたのが600冊。残りは、トラックで運び出されていったのよ。
みずき:…3万から600。ざっと98パーセント置いていく計算じゃない。引っ越しっていうより、ほぼ全部お別れ。
ひかり:そのトラックを見送るときって……どんな気持ちなんだろ。
ことね:書評で引かれていた一節がね。見送ったあと、足元が「マシュマロのような頼りないもの」に変わって、路上に倒れ込んでしまった、と。本人の悲しい話で終わらせずに、そこから日本の出版文化の歩みまで書いているのがこの本なの。……紀田さんご本人は、去年90歳で亡くなられているわ。文庫の巻末には、60年以上の付き合いだった荒俣宏さんとの対談が入っているの。
みずき:…この前ここで、Amazonが本の背を切り落としてAIに読ませてる倉庫の話をしたよね。あっちは中身だけ抜いて紙を捨てる。こっちは置き場所がなくて3万冊を手放す。本って、増えるときより減るときのほうが事件なんだ。
ひなた:ふぁ〜……でも、600冊は連れていってもらえたのですよね。毎日1冊読んでも1年半以上かかるのです。……最後まで選ばれた600冊、きっとすごく鼻が高いのです。
まとめ:本は増えるときより、減るときのほうが重い。最後まで残った600冊は、胸を張っていい。