220日で1個だけ、説明のつかない粒が来た
地下1.5キロで10トンの液体キセノンを見張る暗黒物質検出器LZが、220日ぶんのデータから背景では説明できない1件を見つけた。有意度は2.6シグマ。研究陣は「暗黒物質を見たとは言っていない」と繰り返している。
ことね:みんな、落ち着いて聞いて。……いえ、落ち着けていないのは私のほうなのだけれど。宇宙にある物質の85%を占めているはずなのに、人類がまだ一度も捕まえたことがないものがあるの。その候補が、たった1個、記録に残ったかもしれないのよ。
ひかり:えっ何それっ、ついに捕まえたのっ!? ……っていうかことね先輩、その捕まえてないやつって何なのっ!?
ことね:暗黒物質ね。光を出さないし、反射もしないし、遮りもしない。だから望遠鏡には一生映らないの。それなのに「ある」と分かるのは、重さの帳尻が合わないからよ。銀河が回る速さを、見えている星の重さだけで計算すると、遠心力でバラバラに散ってしまうはずなの。散っていないということは、見えない重さがそこにある。……その正体の最有力候補が、WIMPと呼ばれる粒子。弱くしか反応しない、重い粒、という意味ね。私たちの体を今この瞬間も大量に素通りしていて、何十年に一度くらい、気まぐれに原子核にぶつかる。そのぶつかった瞬間だけを見張る装置が、アメリカのサウスダコタ州にあるのよ。金鉱の跡の、地下1.5キロ。10トンの超高純度の液体キセノンを、250人・39機関で見張っているの。名前はLZ。
みずき:…で。その大仕掛けで、220日見張って、何個来たの。
ことね:1個よ。
みずき:…220日で1個。それ、装置というより待ち合わせでしょ。
ことね:でもその1個が厄介なの。2023年3月から2024年4月までのデータを調べたら、暗黒物質が出るはずの領域に、既知の原因では説明のつかない反応が1件だけ残ったのよ。宇宙線か、微量の放射性物質か、装置の癖か——何か月もかけて潰していったのに、最後まで消えなかった。おまけに予想より高いエネルギーで起きていて、もし本物なら陽子の200倍以上重いWIMPということになるわ。有意度は2.6シグマ。偶然こうなる確率が0.5%くらい、という意味ね。
ひかり:0.5%!? それってもう、ほぼ当たりってことじゃないのっ?
ことね:そこが物理の厳しいところでね。「発見しました」と名乗るには5シグマ、確率にして350万分の1まで詰めないといけないの。2.6は、その手前の手前よ。……それに、この分野は一度やられているの。2020年にXENON1Tという別の実験が3.5シグマの妙な超過を出して、新粒子かと大騒ぎになったのだけれど、後継の装置で見直したら消えてしまったわ。正体は、装置に混じっていたごく微量のトリチウムだった。だから今回、当事者がいちばん慎重なの。日本で開かれた国際会議での発表なのだけれど、責任者のGaitskellさんの言い方が見事でね。「私たちは暗黒物質を見たとは主張していない。でも、面白いものは見た」。追加のデータはもう手元にあるそうよ。増えれば本物、消えれば運の悪い背景。どちらにしても数年で決着がつくわね。
ひなた:ふぁ〜……1個だけだと、味見もできないのですね。おかわりが来るまで、待つしかないのです。
まとめ:地下1.5キロで220日待って、来たのは1個。物理の世界では、それはまだ「見つけた」ではなく「気になる」。