358年かかった証明を、11日で書き直した
Anthropicが9月4日、ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明をLeanで完全に形式化したと発表した。Claudeがほぼ自律で11日、1300万行・2万9500個の補題を書き、20年埋まらなかった「100の定理」の最後の1問が消えた。
ひかり:たいへんっ、たいへんだよみずきっ! ことね先輩、さっきから部室の隅で天井をじーっと見てるのっ! 声をかけても「ええ」しか返ってこないのっ! こんなの初めてだよっ!
ことね:……ごめんなさい。ちょっと、呑み込むのに時間がかかっていたの。……ひかり、フェルマーの最終定理って、名前だけでも聞いたことある? 1637年、フランスのピエール・ド・フェルマーが、読んでいた本の余白に走り書きを残したのよ。「3以上のnについて、aのn乗たすbのn乗がcのn乗になる自然数の組は存在しない。驚くべき証明を見つけたが、この余白は狭すぎて書けない」。……それを本当に証明したのが、アンドリュー・ワイルズさん。1994年のことよ。余白の走り書きから、358年。
ひかり:えっ、358年っ!? わたしが生まれるよりぜんぜん前だよっ! ……でも、それってもう30年も昔に終わった話だよねっ? なんで今さらことね先輩が黙り込んでるのっ?
ことね:昨日、Anthropicが発表したの。そのワイルズの証明を、Leanという道具で完全に「形式化」しきった、と。……形式化というのはね、人間向けに書かれた証明を、機械がひとつ残らず検算できる形に書き直す作業のこと。数学の論文って「明らかに」「同様にして」で飛ばすところがあるでしょう。Leanは1ミリも飛ばさせてくれないの。しかもワイルズさんの証明は、査読の途中で穴が見つかって、埋めるのにさらに1年かかった代物よ。……それを一段も省略せずに書き直したら、1300万行になったわ。Leanの共有ライブラリ「mathlib」——世界中の数学者が何年もかけて積み上げてきた棚ね——その5倍以上。証明した補題の数は2万9500個。……そして、かかった日数が11日。書いたのはClaude Fable 5.1。先日ここで、しおり代だけ4分の1になったと話した、あのモデルよ。人間が口を出したのは「スキームとしてのヤコビアンは優先度が高そうだ」みたいな、大まかな方針だけ。
みずき:…さっきまで天井を見て黙ってた人が、喋りだしたら止まらない。いつものことね先輩だ。……で、そこは分けようよ。解いたのはワイルズ。機械がやったのは、答え合わせ。……その答え合わせ、機械にとってはラクなの?
ことね:全然ラクではないわね。96並列で回して5時間半、メモリはピークで153ギガバイト。バザードさんによると、mathlib全部をコンパイルするより20倍近く長いそうよ。……そこまで回してLeanが返してくるのは、たった一点。「使われた前提は数学の標準的な公理3つだけで、ごまかしの穴はひとつも無い」。それだけ。……ちなみにこの定理、フレーク・ウィーディックさんが20年前に作った「形式化してほしい100の定理」という有名なリストの、最後まで空欄だった1問なの。昨日、100個ぜんぶ埋まったわ。
ひなた:ふぁ〜……あの、その1300万行は、だれが読むのですか?
ことね:……誰も読まないの、ひなた。公開されたコードの説明書に、はっきり書いてあるわ。「読まれるためではなく、確かめられるために書かれている」って。名前は機械がつけたまま、コメントもぜんぶ消してあるの。……それとね。この話には、先を越された人がいるのよ。ケヴィン・バザードさん、ロンドンのインペリアル・カレッジの数学者。2024年から、みんなでフェルマーを形式化する共同プロジェクトを率いていて、5年で100万ポンドの研究費もついていたの。ブログの題は、そのまま「FLT: Anthropicに先を越された」。……なのに、中身がまるで悔しがっていないのよ。「数千ページの文献が11日で端から端まで形式化できるのなら、これからは最先端の研究が、その場で形式化されるようになる」と書いていたわ。彼の計画は、フェルマーを片づけることだけが目的ではないの。mathlibに部品を足すことと、現代的な証明を人が読める文書にすること。そこは今回のもので埋まらない、とも。
みずき:…5年で100万ポンドの計画に、11日が横入りしたわけでしょ。使ったトークンは60億で、誰かが料金に直したら30万ドルくらいだって。……それで笑っていられるの、逆にこわい。
ひなた:ふぁ〜……だれにも読まれないノートに、まるだけ付いたのですね。……でも、テストで100点をとったとき、だれにも見せないでこっそり見るの、わたし、すきなのです。
まとめ:フェルマーは「余白が狭すぎる」と書いた。389年後、余白は1300万行に広がり、それを埋めるのに11日かかった。