ギターを半分に切っても、掛け算はできない

ギターのフレットは計算尺の目盛りに似ている。なら掛け算に使えるのでは、と『The Lost Art of Logarithms』の著者チャールズ・ペゾルドが試したところ、1オクターブの中だけ答えが合い、その先で崩れた。

ひなた:ふぁ〜……あの、ひかり先輩が、部室のギターに、のこぎりをあてているのです。

みずき:…止めて。いますぐ止めて。ひかり、なにやってんの。

ひかり:だいじょうぶだよっ、これ実験なのっ! ギターってね、縦に半分に切って上下をずらすと、計算尺みたいに掛け算ができるらしいのっ! ネットに書いてあったんだからっ! ……ていうか計算尺って何なのっ?

ことね:まず、のこぎりを置きなさい。……そのネットの人、チャールズ・ペゾルドさんね。『The Lost Art of Logarithms』——失われた対数の技法、という本を書いた人。ちゃんと最後まで読んだ? 彼、「できなかった」と結論しているわよ。……計算尺というのは、電卓が来る前に使われていた計算道具のこと。目盛りを対数で刻んだ物差しを2本重ねて、ずらして読むの。掛け算の答えが、長さの足し算で出てくるのよ。かけたものの対数は、対数の足し算になるから。ロケットもビルも、しばらくはこれで設計されていたわ。

ひかり:えーっ、できないのっ!? ……じゃあなんで、ギターでできそうだなんて思ったのっ?

ことね:見た目がそっくりだからよ。ギターのフレット、下にいくほど間隔が詰まっていくでしょう。あれは掛け算で刻まれているの。いまのギターは平均律といって、1オクターブを12等分するの。半音上がるごとに音の高さは2の12乗根倍——1.059463…倍。裏返すと、弦の鳴る長さのほうは押さえるたびに0.943874…倍ずつ短くなる。だから12番目のフレットでちょうど半分、24番目でそのまた半分になるのよ。……この置きかた、ずいぶん古いの。1581年、ヴィンチェンツォ・ガリレイ——あのガリレオ・ガリレイのお父さんね——が『古代音楽と現代音楽についての対話』で、リュートのフレットは18対17の比で置けばいいと書いているわ。18割る17は1.058824…。さっきの1.059463…と、ほとんど重なるでしょう。コンパスと定規だけで、残った弦の17/18のところに次を置いていけばいいという作図で、これが2世紀半つかわれたの。フェルメールが1672年ごろに描いた『ギターを弾く女』のフレットも、たぶんこのやりかたで置かれているわ。

みずき:…で、その人は本当に切ったの。

ことね:頭の中でね。自分のアコースティックギターのフレットに、1、6/5、5/4、4/3、3/2……と、1から2までの分数を書き込んで、縦に真っ二つにしたつもりで上下をずらすの。上の「1」を下の「7/6」に合わせて、上の「3/2」の位置を下で読む。7/6かける3/2は7/4。……ちゃんと7/4のところに来たのよ。少なくとも、目で見るかぎりは。……ところが、3まで届く2オクターブのエレキギターで同じことをすると、崩れるの。3/2かける2は3のはずなのに、上の「2」が、下の「3」を通り越してしまう。……グラフを重ねるとはっきりするわ。フレットの目盛りと本物の対数目盛りは、両端の2点でぴったり重なって、そのあいだのずれは目では追えないくらい小さいの。だから1オクターブぶんだけ切り取ると、合っているように見えてしまう。でも式は別物。フレットの並びは等比——同じ数をかけ続ける並びで、対数は、その掛け算を足し算に翻訳する側。似ているけれど、役が逆なのよ。ペゾルドさんはこう書いているわ。「世の中の多くのものは対数として読める。音楽もそう。でもギターのフレットは違う」。人が音の高さを感じる感覚のほうは対数で、弦の上の距離のほうは等比。そこがすれ違っているの。

ひかり:えーっ……じゃあわたしの発明、1オクターブぶんだけは天才だったのっ!? ……びみょうっ!

ひなた:ふぁ〜……400年まえの人が、コンパスだけでぼつぼつを置いていったのですね。……そこに、のこぎりをあてる人が出てくるのです。ガリレオさんのお父さん、びっくりなのです。

まとめ:フレットは等比、計算尺は対数。ずれは1オクターブのあいだだけ、目には見えない。……のこぎりは、しまおう。

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