世界最古のレシピは、作り方が書いてない
3700年前のバビロニアの粘土板に、煮込みの作り方が25種類刻まれている。ただし一品ぶんの記述は「肉を用いる。水を用意する。脂を加える」。作れる人が読む前提で書かれていた。
みずき:…読み上げるよ。「肉を用いる。水を用意する。脂を加える」。……以上。これでレシピ1本ぶん。
ひかり:えっ、そこで終わりっ!? 何のお肉っ!? 何分煮るのっ!? ……レシピって、そこを書くとこだよねーっ!
ことね:まあ落ち着いて。順番に整理しましょう。それ、いま世界でいちばん古いとされている料理のレシピなのよ。イェール大学のバビロニア・コレクションにある粘土板が4枚あってね、うち3枚が紀元前1730年ごろ、古バビロニア時代のもの。文字は楔形文字、言語はアッカド語。いちばん状態のいいYBC 4644という1枚に、煮込みの作り方が25種類。肉のものが21、野菜のものが4よ。……そして全部、いまの調子なの。分量も、火加減も、煮る時間も書いていないの。
ひなた:ふぁ〜……あの。……おばあちゃんに肉じゃがの作り方を聞いたときも、そんな感じだったのです。「お肉を入れて、あとはいい感じにするのです」って。
ひかり:あーっ、それだーっ! ……じゃあ3700年前の人も、おばあちゃんと同じ雑さだったってことっ!?
ことね:雑というより、読む相手がもう料理人だったのよ。初めての人に教える本ではなくて、作れる人のための覚え書き。……だから中身のほうは、雑どころか相当に凝っているの。有名な一品が「トゥフ」。羊の肉を羊の脂で焼いて、赤いビーツ、ルッコラ、ペルシャエシャロット、コリアンダー、クミン、ポロねぎ、にんにく。煮汁は水とビール。仕上げにコリアンダーの種と、香草をすりつぶしたペースト。……これを訳したジャン・ボテロは、こんな早い時代のものとは思えない豊かさと洗練と技巧だ、と書き残しているわ。
みずき:…待って。その材料、粘土板に全部書いてあったの。欠けてるところもあるんでしょ。……半分くらい、現代の人が埋めたんじゃないの。
ことね:するどいわね。そこは向こうが先に認めているのよ。板は欠けているし分量もないから、完全な再現は無理だと、はっきり書いてあるの。実際に作ってみたのはイェールのゴイコ・バリャモビッチたちで、イラク料理の研究者ナワル・ナスララも加わっているわ。味を聞かれて、バリャモビッチはこう答えているの。「思っているほど、遠い味ではない」。……ついでに言うと、この粘土板、1933年の目録では「医学の文書」に分類されていたのよ。料理だと気づかれたのは1943年。
ひかり:えーっ、10年も薬だと思われてたのっ!? ……でも「肉を用いる。水を用意する」しか書いてなかったら、わたしも薬だと思うかもっ!
ひなた:ふぁ〜……あの。……ビールで煮たお肉、ぜったいおいしいのです。……ひなたも、お弁当のレシピを書いておくのです。3700年あとの人が、困るといけないのです。
まとめ:世界最古のレシピは、料理ができる人にしか読めない。3700年あとに他人が読むとは、思っていなかった。