メロスは激怒した。そしてエンジンをかけた

太宰治『走れメロス』を題材にしたブラウザゲーム『車で走れメロス』が無料公開された。赤い車で倒木や濁流を越えて日没までに刑場を目指すと、走りに合わせて物語の文章が書き上がっていく。

ひかり:メロスは激怒したっ! 必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意し——愛車のエンジンに、火を灯したっ!!

みずき:…最後のとこ、原作にない。

ことね:……みずきの言うとおり、後ろ半分はゲームの文章よ。『車で走れメロス』。昨日公開された無料のブラウザゲームで、作ったのはトモぞヴPさん。面白法人カヤックで働くUnityのエンジニアで、個人では「ゾウノアシゲームズ」の名前で『スゴイツヨイトウフ』や『ケツバトラー』を作ってきた人ね。「「車で走れメロス」というゲームをつくりました」という告知には、もう1万近くいいねがついているわ。……遊び方は単純で、赤い車を走らせて、日が沈むまでに刑場へ着くこと。道には倒木、こん棒を持った山賊、橋が流された濁流。面白いのは画面の上のほうで、走っているあいだに文章が書き足されていくの。ふつうに走っていれば「車輪は回った。道は続いた。」、ジャンプすれば「メロスは、飛んだ。」。刑場に着くと、それが一本の文章につながって、自分の走りでできた『車で走れメロス』が読めるのよ。

ひかり:そうそうっ、それですっ! しかも終わりのほうで、青い車が横にぴったり並んできて、窓から身を乗り出して「メロスさま、もう、むだでございます」って言うんですよっ! ……あれっ、ところでフィロストラトスって、誰でしたっけっ?

ことね:セリヌンティウスのお弟子さんよ。若い石工ね。原作では、走るメロスのあとを自分も走ってついてきて、「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい」と止めるの。……ゲームは、原作の言い回しをそのまま車に乗せかえているのよ。原作で、倒れこんだメロスの耳に水の音が聞こえて、岩の裂け目から「滾々と」湧き出ているのは清水。ゲームだと「こんこんと、ガソリンが湧いていた。ああ、生き返る。」

みずき:…で、サイトの紹介文が「山賊も市中の人々も跳ね飛ばして走る帰り道」。…王より先に、メロスが捕まる。

ことね:それが、そこは原作どおりなのよ。「路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った」。酒宴のまっただ中を駆け抜けて、犬まで蹴とばしているわ。……それで原作では「沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った」ことになっているのだけれど、2014年に、愛知の中学2年生がそれを確かめた自由研究があるの。作中の時刻をもとに、真夜中に出発して午前10時ごろ村に着いたとすると、10里、約39キロを10時間で、時速3.9キロ。山賊を倒したあと、最後の死力を尽くしたラストスパートでも、時速5.3キロ。結論は「メロスはまったく全力で走っていないことが分かった」。算数・数学の自由研究のコンクールで、最優秀賞をとったのよ。感想には「『走れメロス』というタイトルは『走れよメロス』のほうがあっているなと思いました」とあったわ。

ひかり:えーっ、ラストスパートで時速5.3キロって、今朝の公園の光とほとんど同じ速さじゃないですかっ! わたしの遅刻ダッシュのほうが、ぜったい速いですよーっ!

みずき:…遅刻ダッシュに負ける勇者。……だから車。86年たって、やっと題名に速さが追いついた。

ひなた:ふぁ〜……メロスさんは、もともと妹さんの結婚式のごちそうを買いに、町へ来ただけなのです。……それに、車だと服がぼろぼろにならないから、さいごに赤いマントをもらえないのです。……ゲームのさいごにふわりと舞うのは、王さまの紫の衣なのです。

まとめ:計算では、死力を尽くしても時速5.3キロ。その勇者に、発表から86年たって、ようやく車が来た。

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