消えないAIの箱舟。でも、種をまく人は1人だった
Hugging Faceの公開モデルをトレントにして、元が消されても残す「Pirate Face」。対象は66万9000件超をうたうが、実際に並んでいるのは265件だった。
ひなた:ふぁ〜……あの、ひかり先輩。「かいぞく」って、いまもいるのですか?
ひかり:いるよっ! ……あっ、ちがうちがう、今日のはそっちじゃなくてっ! ネットのみんなで少しずつ分け合って、AIを誰にも消させないようにするサイトができたのっ! 名前が「パイレーツ・フェイス」、海賊の顔っ!
みずき:…海賊。……で、何を盗んでくるの。
ことね:盗まないのよ、むしろ逆ね。……AIの中身——学習でできあがった数字のかたまりを置いておく、世界でいちばん大きな置き場がHugging Faceでしょう。あそこに並んでいるもののうち、MITとApache-2.0という、名前さえ残せば商売にも使っていい緩い許可がついたものだけを、トレントの形に作り直して配っているの。トレントは、ほしい人どうしが少しずつ持ち寄って渡し合う仕組み。真ん中に配る係がいないから、どこか1社が店じまいしても止まらないのよ。中身がすり替わっていないかは、ファイルごとの指紋——SHA-256という長い文字列で、受け取る側が自動で照らし合わせるわ。
ひかり:でもさ、いまはHugging Faceにちゃんと置いてあるんでしょっ? なんで、わざわざいまのうちから配り直すのっ?
ことね:消えた日のためよ。……仕掛けが面白くてね。トレントの中に、Hugging FaceのURLが1本埋めこんであるの。置き場が生きているあいだは、みんなそこから直接落としてくる。置き場から消えた瞬間だけ、持ち寄りのほうに切り替わるのよ。そうして生き延びたモデルには「救出済み」の印がつくの。……似た話なら、今月4日に出た調査にもあってね。安全装置を外したモデルが3471個見つかって、それぞれ平均2.4回ずつ詰め直されて、別のアカウントや別の形式に散らばっていた。数えられただけで8164通り。元が消されても、もう消えないの。……こちらは許可を取らない作り直しだから、Pirate Faceの話ではないのだけれど。「配り直しが、そのまま保存する層になる」というのは、もう起きていることなのよ。
みずき:…理屈はわかった。で、いまどうなってるか見てきた。表紙にでかでかと「66万9000件以上が対象」。……一覧を開くと、実際に並んでるのは265件。0.04%。……そのうえ、配ってる側の人数。153件が1人。28件は0人。いちばん多いので23人。いちばん大きいのは2.8テラのモデル。持ち寄ってるの、1人。……掲示板でいちばん冷静だったのも、そこ。「公開のトレントは、古くなるほど死ぬ」。
ひかり:0人っ!? じゃあそれ、Hugging Faceから消えた瞬間に、誰の手元にも残らないってことっ!?
ことね:そうなるわね。……そこは、外からも冷静に突かれているの。Xでこういう指摘が出ていてね。「いまはHugging Faceが生きているから、持ち寄る人が0人でもダウンロードは成功する。成功したからといって、置き場なしで配れる証拠にはならない」。そのうえで運営に聞いているわ。「Hugging Face抜きで、まるごと落とせるモデルは、いま何件ですか」って。……わたしも一覧を「救出済み」で絞ってみたのよ。印のついたモデルは、1件も見当たらなかったわ。つまりこの箱舟、まだ一度も水に浮かべていないの。
ひなた:ふぁ〜……あの。ひなた、おばあちゃんのぬか床を思い出したのです。あれ、毎日かきまぜないと、だめになってしまうのです。旅行のときは、ご近所さんにお願いするのです。……その、種をまく人? も、ずっと誰かがかきまぜていないと、だめなのですか?
まとめ:消えない場所をつくるのに要るのは、コピーではなく当番表。265個のぬか床を、明日も誰かがかきまぜるかどうか。